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[対談] 大築勇吏仁(画家) × 大岡信(詩人)

[対談] 大築勇吏仁(画家) × 大岡信(詩人)

詩と絵画の力 人の心を動かす表現の素晴らしさを

世代を超えた二人の出会い

大岡信と大築勇吏仁の対談

大築 先生とは、実際にお会いする前にしばらく手紙のやりとりをさせていただきました。僕がまだ早稲田の中・高に通っていた頃のことですから、かれこれ35年前になりますね。僕も今年50歳になりますので、作家でご長男の玲さんと同じ世代ですね。

大岡 へぇ、勇吏仁君ももう50?。本当に息子と同じ年齢なんですね(笑)。

大築 当時は、西武やパルコにかなりハイレベルな詩や現代美術のスペースがあって、それらの動きも豊かでした。詩と思想、それに芸術が一体となっていた懐かしい時代です。

大岡 そう。芸術と詩というものの存在が非常に大きかった時代ですね。

大築 個人的にはヴォルスやアーシル・ゴーキーといった画家に心酔して、創造への夢を抱き始めていた時代でした。当時、先生は文学者の立場から彼らの仕事を紹介する日本で唯一の存在で、僕の中では神様も同然でした。それで、神様から返事がもらえるまでせっせと手紙を書いて(笑)……。思いを綴った文や詩、デッサンも送らせていただきました。

大岡 僕の記憶だとお母さんが、当時精神的にとても苦しんでいた君を心配して、手紙やデッサンを送ってくださったんだと思っていたけれど?

大築 母が手紙を差し上げたのは、その2、3年後のことです。実は先生に手紙を書く気力もないほど自己不信に陥っていたときがありまして……。音楽や舞踏に取り組んでみたり、神学を学んでみたりしても挫折感がぬぐえず、落ち込んでいたのを、母が見かねてしてくれたようですね。

大岡 随分昔のことですから分かりませんが、ご本人からあらためて言われると、そうだったかなぁとも思いますね(笑)。確かデッサンは石膏の顔面を描いたもので、なかなか才能があるな、と思ったのを覚えています。とても立派だった……。

大築 先生からいただいたご返事の内容は、16や17の少年にはもったいないくらい、とても感動的なものでした。デッサンは、マイヨールの「ハーモニー」を元に描きました。

大岡 それで、実際に彼に会ったのは、それから大分経ってから。勇吏人君がが日本を後にして、スペインに渡ってからのことですね。

大築 そうですね。渡欧してからは5、6年経っていますので、32か33歳にはなっていましたし、初めの手紙からは15年以上ですね。

スペインの美術界である程度認められるようになるまでは、お会いすることができない、そう当時は考えていました。

大岡 今にも倒れそうとか、神経質そうな子が現れると思っていたんだけど、実際はとても逞しそうな青年が来て……、女房は特にびっくりしてたみたいだね(笑)。

スペインでのオマージュ展

大築 僕は大岡先生と触発し合い、一緒に成長してきたアーティスト達とは世代が随分違うのだと思います。先生の詩を古典として経験し、その経験から絵画を創造する……。大岡信に対するこのアプローチの仕方は、美術家よりもむしろ作曲家達に近いのかもしれませんね。縁の深い方では、一柳慧さんのように、先生の詩をもとに素晴らしい仕事をされていらっしゃる方がいますね。

大岡 画家だと、よく一緒に仕事をしたのは、菅井汲さんとかサム・フランシス、それから加納光於さんだから、大築君はその中でも一番若い世代になりますね。作曲家の一柳慧さんとはたまたま昨日も一緒だったのだけど、彼も同じような話をしていましたね。

大築 あらゆることに浸透する力を持つこと。たとえば、堅固な構造を持つ詩や楽曲。あるいは長い歴史を持つ文化や人々に対する浸透力。絵画における造形の限界を越えるためには、それが必要だと、大岡先生は長い間説いてこられたように思います。

大岡 親子ほども世代が随分離れている勇吏仁君が、僕のことをそういう風に見てくれているというのは、とても光栄なことです。言葉や芸術について、僕も日本で随分たくさんの仕事をしてきましたが、同じ詩人でもキチンと理解してくれる人というのは案外少ないものです。それもスペインにいながらですから、とても嬉しいですね。

大築 95年にマドリッドの57画廊で「東洋の詩の華、大岡信の詩篇へ」と銘打った個展を開き、絵を通じて先生のお仕事を紹介することができました。そして昨年、マドリッド郊外にある王室御陵サン・ロレンゾ・デ・エル・エスコリアル市議会の文化部が「大岡信へのオマージュ−大築勇吏仁」というイベントを主催しました。先生の詩と僕の絵を組み合わせたリトグラフ詩画集の記念出版や詩の朗読、コンサートなどが企画され、大好評でした。そんなこともあって、スペインでも大岡ファンは着実に増えているんです。

大岡 エスコリアルは、世界一巨大な僧院のある歴史ある街で、これはとても晴れがましいイベントでしたね。町中の人が集まってくれたようで、勇吏仁君の地元での人望の高さが良くわかりました。僕のために、心温まる会をしてもらいました。

芸術の普遍性とその伝達について

大築 今回、日本で発表される作品は、スペインのバロック黄金世紀の詩人の中から十字架の聖ヨハネの詩を一篇選んで、大岡先生の詩とドッキングしたものを絵画化したものですが……。たとえば、強烈な光を内包している闇の概念とか、バロック時代の詩と大岡信の詩には共通する点が不思議とあるようにも思います。先生がロゴス的なものや創造者のことを「あの方」と呼ぶことがありますが、聖ヨハネも詩人として「神」や「主」とは書かずに、「最愛の人」あるいは「あの人」と呼んでいるんですね。大岡先生は多分、十字架のヨハネの詩まではご存知なかったと思いますが……。

大岡 知らなかったね(笑)。ただ、勇吏仁君の絵を通して、自分の詩が外国で理解され、西洋の詩と共通する部分を認識されるというのは、とても光栄なことだと思います。まったく別の国の別の言語を操る人にも伝わる普遍性。時空を越えて理解される言葉……。詩にはそんな力があるとあらためて思いますし、絵画も実は同じでしょうね。

大築 僕にとって絵は、壜の中に入れた手紙を海に流す行為と似ていて、受け取るのは誰であってもいいんです。未知の誰かに届くはずだという信念があって、その信念をもとに描いたメッセージと言い換えることもできると思います。言葉も、ただ使えば言葉になるのではなくて、相手の心に到達したものだけが、単なる音声ではなく、本当の言葉なんじゃないでしょうか。そして、先生がこれまで「言葉」と呼んでいらっしゃったのは、文学にしても、絵画や音楽にしても同じ、心に到達したものですよね。

次世代に伝えていくべきもの

大岡 勇吏仁君の作品は、絵の中に物語性を豊かに備えていますね。ストーリーがあるから、見る人の中でイメージが広がっていく。そんな能力を持った画家は、いまは本当に少なくなったんじゃないかと思います。いつの時代でもそうなのかもしれませんが、自分の物語を創っている人、それから詩のような他人の仕事を自分の物語にできる画家はほとんどいない。僕の場合、君みたいな人が現れたから、自分がいままでやってきたことが外国でも少しずつ理解されてきたわけですが、日本の芸術家や詩人達には、外国の文化や人々に対してその普遍性をアピールする必要がある、ということを自覚している人は本当に少ないですね。

大築 言語芸術の場合、翻訳という障害がありますが、造形の場合も実は眼に見えない壁が実はあって、多くの場合、開き直ってしまうしかないんですね。「日本人なんだからこれでいい……」というようにですね。

大岡 若い人達は特に臆病になっていると思いますね。臆病にならないで実験的なものをどんどん発表できればいいんですが、同人雑誌という発表の場も少なくなっていますね。同人誌的なものが基礎で、それを土台に少しずつ自分の作品を発表する範囲が広がっていくのが理想かな。ただ、どうも最近はそれができている人が見当たらないようですね。

大築 そうですね。先生のおっしゃるように、同人雑誌的な媒体からの出発というのは、非常に大切なことで、シュールレアリスムやバウハウス、ブラック・マウンテン・カレッジなどの活動も、実は同人誌から出発し、発展したものでした。これらは画一的な社会や権威主義的な制度からは決して生まれない文化です。借り物でない自分自身の人生をしっかりと見つめることが大事で、そこから少しずつ、人の心を動かす表現の素晴らしさを、発見していくべきだと思いますね。

2008年 東京 飯田橋にて

おおおかまこと
1931年静岡県生まれ/詩人、日本芸術院会員/東京大学文学部の学生時代から詩人として注目され、読売新聞社外報部記者を経て明治大学教授となる。79年から07年まで朝日新聞で『折々のうた』を連載。菊池寛賞、読売文学賞など受賞多数。海外の詩人達と連詩を行ったり、クラシック音楽の作曲家ともたびたび共作している。
57画廊
「〜東洋の詩の華、大岡信の詩篇へ〜」展でのツーショット。(1995年/マドリッド)

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    公開日 : 2020-6-8